20060116

昨晩は極端に睡眠時間を減らしたので、強い眠さとともに月曜日をすごしました。春が来たのかしら?と思うほど。

日々、アトリエ展に向けての準備を進めています。スペースはDesign Festaの時より広いので、少しアレンジしたものも取り入れてみよう。

頭でに描いたもの、ことをかたちにする作業が私にとっては心から楽しいと思える。頭だけでぐるぐる考えるより、併せて手を動かすこと私には精神的にも快適だし、得意なようなのです。でも、それだけで満足かというと、それは全くそうではなくて。作ったものを自分以外の人に見てもらって、(あつかましいことは承知の上ですが)もし何かを感じてもらえたら、そこではじめて私の作品は完成形となると思っています。ですので、私の作るものは人に見せることを意識して作られているとも言えるかもしれません。

例えばにシャッターを切っている時は気分が高揚しているけれど、万が一写真が取れていなかったら写真を撮った意味なんて私にとってはほぼなくなるし、悲しみに暮れるでしょう。メカ好きなのでカメラ本体ももちろん好きだけど、一日中いじくりまわしているだけで幸せ♪とは思えない。すばらしい写真が満載の秘蔵アルバムが本棚いっぱいにできあがっても、むしろ寂しさが際立って感じられるかも。うーん、想像するだけで寂しすぎる。

「大切なものは目には見えないんだよ」と星の王子様は言いましたが、目に見えないからこそ、大切を通り越し、むやみに不安だったり、途方に暮れて迷ったり、思い誤ったりするかもしれない。そして、目に見えないからこそひときわ大切に感じられるのかもしれない。けれど、その理屈をどんなに細かく上手に説明されても、それだけで深く理解することは難しい、というより私には不可能に近い。

でもそれを感じるきっかけは多分、なにげないひとことや一節の文章、なにげなく視界にはいるものや光景。そもそも、感受性を持っているのは紛れもない私たち生身の人間なのだから、形状なんてまったく関係なく、きっかけはそんな小さなところから始まるのでは?いくら大きなテーマだからといっても、それを構成する要素が手に負えないほど大きいものとは限らないのでは?

私の頭の中の点と点は、星と星から星座が生まれるようにこうしておおらかに繋がってゆくのです。だから今日もこうして手を動かし、あえて目に見えるものを作り続けているのでしょう。
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by loquatcafe | 2006-01-16 23:24 | weblog
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